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2008-02-28 21:36 | カテゴリ:ショパン
クリスティアン・ツィマーマン
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

クリスティアン・ツィマーマン(Krystian Zimerman、1956年12月5日 -)は、ポーランド人のピアニスト。
日本では、クリスチャン・ジメルマン、ツィメルマン、チメルマン、ツィンマーマン等と表記されることもある。
現在、世界のクラシック音楽界で最も高い評価を受けているピアニストの一人である。

人物
1956年12月5日、ポーランド南部のザブジェに生まれる。父親はピアニストで、工場の設計部門に勤める傍らバーでピアノを弾くという生活をしていた。
ツィマーマンは幼少期、家に置かれていたグランドピアノの蓋を開けて毛布をかぶせ、インディアンのテント遊びをしていたと語っている。

5歳の頃父からピアノを学び、7歳からアンジェイ・ヤシンスキ(Andrzej Jasinki)に師事した。
1973年のベートーヴェン国際音楽コンクールで優勝後、1975年の第9回ショパン国際ピアノコンクールに史上最年少(18歳)で優勝、その後も着実にキャリアを重ね、現在に至っている。

学生当時はポーランドでの物資調達が困難で、ピアノ部品の製作・修理を自分で一から手作業で行わなければならなかった。
これにより、ツィマーマンのピアノの構造、素材に対する知識が培われた。スイスのバーゼルにある自宅には、自身が製作したピアノやその鍵盤アクションが何台も置かれているという。

1981年12月31日、当時のポーランド首相ヴォイチェフ・ヤルゼルスキが戒厳令を発したのを契機としてポーランドを離れ、スイスに住むことを決意したと言われている。
1996年にはスイスのバーゼル音楽院の教職に就き、後進の指導にもあたっている。

1999年、ショパン没後150年を記念して、ポーランド人の若手音楽家をオーディションで集め、ポーランド祝祭管弦楽団を設立し、ショパンのピアノ協奏曲公演をポーランドやアメリカ等で行った。

ショパン、ベートーヴェン、ブラームス、ドビュッシー、ラヴェル、シューベルト、ラフマニノフ等、幅広いレパートリーを有している。
また、ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、カルロ・マリア・ジュリーニ、小沢征爾、ピエール・ブーレーズ、サイモン・ラトル等、世界の名指揮者と共演を重ねている。

ツィマーマンは楽器を自分のコントロール下におくことを徹底しており、公演ではプログラムで演奏する具体的なレパートリーに合わせて自己の所有するピアノを入念に調整し、それを世界中のホールに運搬し持ち込んで演奏することで知られている。
更に、公演にはピアノ調律師と同行し、共同でピアノを各会場のホールの特性に合わせて調律するなど、音の響きのコントロールに対し比類のない情熱を傾けている。
レコーディング技術や音響学に対する造詣も深く、自身でスタジオを建設したこともある。

初来日は1978年で、それから1982年、1985年、1987年、1991年、1993年、1997年、2003年、2006年、2007年と来日し、合計100回を越えるリサイタルを重ね、日本の聴衆を魅了し続けている。
日本での人気は年々高まっており、例えば2003年来日時のサントリーホールでのチケットは即日完売であったとされる。

2005年、フランスのレジオン・ドヌール勲章(シュバリエ章)を受章した。

バラード第1番 (ショパン)
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フレデリック・ショパンのバラード第1番ト短調作品23は、ショパンが作曲した最初のバラード(譚詩曲)で作曲家初期の代表作である。
パリ滞在中の1831年から1835年に作曲、1836年に出版された。
献呈者はシュトックハウゼン男爵。

シューマンはこの曲を「ショパンの曲で最も好きだ」と語っている。
また「この曲は大変優れている。
しかし、彼の作品の中では最も天才的・独創的なものというわけでもない」とも評している。
後にショパンはシューマンに第2番を献呈したが、シューマンは第1番ほどには第2番を評価しなかった。
なお、ショパンのバラードは作曲家の祖国であるポーランドの詩人、アダム・ミツキェヴィチの愛国的な詩に啓発されたといわれることもあるが、標題音楽のように詩と曲との関連を明確に見いだせる箇所は存在しない。

構成
形式はソナタ形式の自由な変形。序奏・主題の拍子は4分の6拍子、コーダ部では2分の2拍子になる。

冒頭はラルゴ(一部の版はレント)の7小節からなる変イ長調のレチタティーヴォ風の序奏で始まる。
この終止は四度五度の音程を使った変イ長調の不協和音だが、ト短調のナポリの和音とも解釈できる。

主部はソナタ形式らしく第1主題が提示された後、変ホ長調の第2主題がソット・ヴォーチェのppで現れて変奏・展開される。
第94小節から第1主題がイ短調で現れる。
第102小節からのクレッシェンドを受け、第106小節のffの頂点に達すると、第2主題がイ長調で復帰する。
右手のオクターブの音階がfffまで盛り上がった後、スケルツァンドの軽快なパッセージを経て、3度目の第1主題(ソナタ形式の再現部にあたる)が変ホ長調で現れる。
2回目と同様に短縮された形をとり、クレッシェンドで盛り上がると(今回はさらにsemple cresc.、molto cresc.の指示がある)、そのまま第208小節から54小節のコーダ(Presto con fuoco)へと続く。第242小節では高速な半音階上昇から一気に下降する。
第250-257小節の印象的なつなぎの後、最後は両手のオクターブの半音階進行がfffで奏でられ、劇的に締めくくられる。

  



秘密

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